六韜 二巡目 『 目指すは簒奪併呑』 第33回 「武韜14、三疑篇3、敵国政府と民衆の分断」


六韜の二巡目、始めました。
まずは現在は二つ目の武韜に入っております。

『六韜』二巡目
33回
武韜14 三疑篇3


武韜篇最後の篇たる三疑篇、
今回が最後になります。

強敵たる殷を相手にして、
周の武王が出来るかどうか分からないと不安をこぼした三つのこと。
三疑

敵の強大さ・・・強大な敵軍への力攻め。
敵国中枢の結束を崩す。
敵の王と民衆のつながりを断ち切る。

太公望が示したそれらの崩し方。
基本は謀略の前にまず買収工作。
そして、
敵の強さを利用してその強さを崩す・・・。

三疑篇1 抜粋2・・・
・・・・・・
(きょう)を攻(せ)むるには強を以(もっ)てし、
(しん)を離(はな)すには親を以てし、
(しゅう)を散(さん)ずるには衆を以てす。
・・・・・・
強大な敵を攻めるには敵の強大さを逆用する。
敵中枢の要人のつながりをバラバラにしたいならその親密さを逆用し、
敵国の民衆が敵国の王を見放すようにするには敵の王を慕う民衆を利用する。

今回は三疑の三つ目、
敵の王と民衆のつながりを分断することについて。
そのつながりの強さを利用してつながりを断つとはどういうことか。

とりあえず、
工作のはじめは敵の王への工作。
三疑篇3 抜粋1・・・
・・・・・・
(およ)そ攻(こう)の道、
必ず先(ま)ずその明(めい)を塞(ふさ)ぎ、
(しか)して後(のち)にその強(きょう)を攻め、
その大(だい)を毀(こぼ)ちて、民の害を除(のぞ)く。
・・・・・・
強大な敵を攻撃する常道は、
必ず敵の王の目を塞ぐことを第一とする。
そこから敵の強みを利用して強みを攻撃し、
国の強大さに亀裂を入れ、
敵国の民にとり敵の王が害となったところで、
敵の民から害を取り除く形で侵攻する。

敵の王の「明を塞ぐ」、
判断力を鈍らせて暴走させる。
具体的にどうやるかと言えば、
文伐十二節のうち第四節のように美女を送ることを第一として、
さらに美女だけでなく娯楽・珍味、
とにかく政治意外に熱中させるものを送りまくる。

三疑篇3 抜粋2・・・
・・・・・・
(すで)にその親(しん)を離(はな)し、
必ず民を遠ざけしめて、
(ぼう)を知らしむる勿(なか)れ。
(たす)けてこれを納(い)れ、
その意(こころ)を覚(さと)らしむる無(な)く、
(しか)る後(のち)に成(な)るべし。
・・・・・・
敵の王とその側近・重鎮とを離間し、
敵の王と民衆を分断し、
それでもなおコチラの謀略は知られてはならない。
むしろ敵の王を助ける素振りを見せ、
コチラの意思を悟らせないようにする。
そこまでやってからコチラの目的を達成する最後の手をうつ。


前回の三疑篇2のように、
敵国中枢、敵王の側近や人材との結束をバラバラにし、
さらに今回の民衆と王の分断、
そこまで成功してもなお、
コチラの謀略を察知されるわけにはいかない。
敵がコチラよりも強大という舞台設定を持つ六韜、
どんだけ弱めても、
情報工作がバレた時に一気に団結が復活する可能性がある。

第一節第九節のように敵の王を調子付かせることもやり、
さらにダメ押しで第十節のように支援する素振りも見せる。
そうやって敵の王を暴走させ敵国の民にとっての害にする。

元から民衆が敵の王を信頼していたら、
そういった暴走を見たらかえって反発が強まる。
仮に王を信じてその暴走に付き合ったとしても、
無理が出てた時にはより大きな反発が生まれる。
特に三疑篇1のように軍を限界以上に巨大なものにした時に民衆が受けるダメージは強大。
信頼があればあるほどに裏切られた時の印象はより悪くなる・・・。

敵の王と民衆の分断が成功してもその民衆をコチラの味方にするには足らず、
順啓篇にあったように、
敵の王が悪玉になるなら、
コチラの王を善玉として敵の民衆が見るように工作しなくてはならない。
それについてもやはり買収・・・民衆を相手にする時はバラマキが必要になる・・・。
そして、
六韜におけるバラマキは必ずしも与えることではない。

三疑篇3 抜粋3・・・
・・・・・・
(たみ)に恵施(けいし)して、
必ず財(ざい)を愛(お)しむ無(な)かれ。
民は牛馬の如(ごと)し。
(しばしば)これを餧食(いし)し、
(したが)ってこれを愛せ。
・・・・・・
民衆に恩恵を与えるにあたり、
ばらまく財産を惜しいと思ってはいけない。
民は牛馬のようなもの。
よく食べさせ、
そうやって民衆を大事にするべし。

民衆に恩恵を施す時には自分の財を惜しまない。
そう聞かされるとどんだけバラマクんだと聞き返したくなるものの、
六韜にあっては国務篇にあったように、
民衆から奪わないことが民衆に与えること・・・。
そう考えるとココで言われる財を惜しまないというのは、
与える一辺倒になるなという警告でもあり、
敵の王や敵の臣下への買収工作でバラマクけども、
民衆レベルにまでバラマクとなれば必要な金の額が桁二つ以上変わってしまう・・・。

コチラの王を善玉に見せる、
それは民衆からは奪わないよと見せること。

そう考えるとそれに続く文、
民衆を牛馬に例えるヒドイ言葉についても、
民衆が食べていけるようにしろということでもあり、
食べていけるならを新たな支配者たるコチラの王について文句を言うこともないということで。

とにかく、
野心に向けての第一歩で必要なものは資金力である、
ということは最初の篇たる文師篇から続く徹底した六韜の原則で。
それは謀略よりも先行する。
しかし、
何よりも先行するのは、

三疑篇3 抜粋4・・・
・・・・・・
心は以(もっ)て智(ち)を啓(ひら)き、
智は以て財(ざい)を啓き、
財は以て衆を啓き、
衆は以て賢を啓く。
賢の啓くありて、以て天下に王たり。
・・・・・・
野心は智慧を導き出し、
人材は財力を築き上げ、
財力は民衆を味方にし、
民衆は人材を突き当て、
人材の功績によって天下の王となれる。

敵を倒して全てを併呑するという野心。
そこからまず始まり、
目的達成のための道順を見つける、
すると財力形成への道が出来て、
財力は民衆を味方につけ、
その民衆のネットワークが人材を発見する。

野心から財力、
そこが難しいながら、
俺に金がないのは・・・野心がないからってか?
いや、
それ以前の問題だわ。
ちなみに儒学の論語では「恒産なくば恒心なし」と、
財力第一という考えは何気に儒学のほうが強かったり。

これにて六韜の第二の章たる武韜が終わりまして、
次回から竜韜へ。
内容もより軍事戦略に近いものに変わっていきます。
・・・その代わり具体性が高過ぎて今それ知ってどうなるのかという篇につきましてはカットいたします。


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