六韜 二巡目 『 目指すは簒奪併呑』 第28回 「武韜9、文伐篇3、敵を自滅させる手法8~10」


六韜の二巡目、始めました。
まずは現在は二つ目の武韜に入っております。

『六韜』二巡目
28回
武韜9 文伐篇3


今回も文伐篇の続きとなります。
直接の武力に寄らぬ手法で敵国を内部から崩壊させる「文伐」。
同篇内で紹介されている12の手法たる文伐十二節、
大まかに言えば、
暴走誘発、ハニトラ、買収、裏切り助長、
の4分類・・・。

今回は十二節のうち、
八から十の節の紹介。

前回第五節や第六節にありましたように、
敵国中枢への協力者獲得や買収工作についても、
短期間によるものではなく、
おそろしく長い期間をかけて仕掛けられることが匂わされていたのが、
それについて触れたのがコチラの第八節。

文伐篇3 第八節・・・
・・・・・・
(まいな)うに重宝(じゅうほう)を以(もっ)てし、
(よ)ってこれと謀(はか)り、
(はか)りてこれを利す。
これ利すれば必ず信ぜん。
これを重親(じゅうしん)と謂(い)う。
重親の積(し)は、必ず我が用(よう)を為(な)す。
国を有(たも)ちて外にせば、その地 必ず敗(やぶ)れん。
・・・・・・
賄賂でコチラの言うことを聞かせようとするなら重宝を送り、
その機会に謀略を仕掛け、
その謀略でもってさらに利益を与える。
利益によって相手は必ずコチラを信頼するだろう。
親交を重ねるとはこういうことを言い、
幾度もの親交によって積み上げられたものは必ずコチラの目的に役立つ。
国を保っているつもりが外国のために動いていれば、奪い合いとなった時に必ずコチラに敗れる。

ちなみにこの第八節、
誰に対する買収かの指定がなされておらず、
臣下も王も対象になり・・・。

敵国の臣下への工作ならば?
まずはとても莫大な利益「重宝」でもって誘いをかけて、
それに乗ってきたらすぐに謀略に協力させてそれによって得られた利益をまた与える。
そうやって買収工作の対象の信頼を得る。
それを何度も何度も重ねることでより強固な信頼と常のつながり「重親」を得る。
・・・その過程で、
工作対象を出世させるのみならず知ってか知らずかの人間も増えていき、
ネットワークも出来上がっていく、
ネットワークでもってさらに根を広げ深めて敵国内部に味方を増やしていく。
それが「重親の積」。

これが敵国の王様が買収対象になるとすると?
もしも敵の王様を対象にする場合は「重宝」の意味合いが微妙に変わり、
とんでもない珍品という意味合いになり、
それでもって歓心を買って、
知らぬうちに謀略に協力させてさらなる利益それも膨大な利益を与えて、
それでもって信頼を得る・・・。
敵国の王がコチラを信じきってしまえば、
敵国内をコチラのスパイが顔パスで行動できるようになり、
敵の人材を切り崩していく時も、
それは敵国の王のためという名目を使うことが出来るので、
いとも簡単に丸め込んでいける。

とんでもない珍品でもって敵国の王を買収したという話で行けば、
三十六計の混戦の計にある仮道伐虢(カドウバッカク)の話があり、
古代中華春秋時代前期、
河を挟んで同盟を組んでいた虞と虢。
その二か国に侵攻しようとしていた春秋の超大国晋。
川向うの虢が虞の侵攻を難しくしていることについて、
晋の王が先に虞の王を買収して軍を通してもらって先に虢を討つという作戦を計画。
本来なら実現しない作戦だったのが、
虞王に献じられた宝二つが晋が有していた最高の宝であったことから虞王が了承してしまい、
あっさり渡河した晋軍により虢が滅ぼされ、
味方かいなくなった虞もアッサリ滅ぼされてしまったという・・・。

仮道伐虢の説明では短期間で済んだ話のように見え、
俺もそう解釈しておりましたが、
第八節の文を見てるとアレにも結構な時間、
それこそ虞王にありえない選択をするに後押しする臣下のほうが多くなるぐらいにまで工作を進めていたと見たほうが自然でもあり・・・。

文伐篇3 第九節・・・
・・・・・・
これを尊(とうと)ぶに名(な)を以(もっ)てし、
その身を難(なやま)す無(な)く、
示すに大勢(たいせい)を以(もっ)てす。
これに従わば必ず信ぜん。
その大尊(たいそん)を致(いた)して、先(ま)ずこれが栄(えい)を為(な)し、
(ひそか)に聖人を飾(かざ)らば、
国 乃(すなわ)ち大いにおこたらん。
・・・・・・
名誉でもって敵国の王を持ち上げ、
敵の王から悩みや葛藤を無くし、
何かを耳打ちするには世の中の力関係を必ず前提とする。
コチラが従順に従っていれば敵国の王も必ずコチラを信頼するでしょう。
敵国の王を最高の存在であると褒め上げ、まずは栄華を味合わせ、
さりげなく聖人のごとくずば抜けた人間であると勝手に飾り立てれば、
敵国の王は国の運営をなまける。

第九節は第一節や第四節第七節のように暴走誘発の節で、
美女を送り込んだりよからぬことに首を突っ込ませるのとは違う、
相手に名誉を与える手法。
清廉潔白で名を惜しむタイプの君主を望む方向に暴走させる方法で。

ことに特徴的なのは名誉で踊らせる敵国の王への説得法「示すに大勢を以てす」という辺りで、
これは道理のように見せかけた、
正しいんだけどもおかしなところがあり、
とはいえ徹底否定するほど間違ってもない、
否定しようとするとかえって害が増える、
という事実と表現を駆使する話法で。

六韜の舞台設定たる殷周戦争に視点を戻しますと、
戦いを挑む側も周は最後の瞬間、
それこそ牧野の決戦までその潜在力は殷のほうが圧倒的に上で、
内部を崩壊させまくっても戦いとなるとまだ勝利の可能性は殷にもあったとされ。

もしも最後の決定的な点を超える前に殷が本気で、
それこそ文王がまだ生きてる時点で周(西伯)をスパイ活動の黒幕として本気で攻撃してたら周の勝利はなかったも同然で。

圧倒的に潜在力は上、
という事実がかえって殷側の動きを鈍らせたとも言え、
圧倒的に強い敵国の王へと意見する時には、
常に「アンタは強い、このままでも強い、これからも強い、恐れるものなんて何もない、何もしなくていいということを意見のアチコチで強調する・・・。
そうすることで例え深刻な事態を引き起こすという事実を敵国の王が察知しても、
「大したことはありません、ただちに問題となるものではありません、こんなところで騒いで動いたら面子に傷がつきます、だってあんたは強いんですから」
ということで行動をとらせずに安心だけさせる。
そうやって敵国にとっての安全を確実に崩していく・・・。

ちなみにこの第九節の前提としては、
敵国の王は私欲には転がらないけども、
偉大な名誉欲だけはあり、
なおかつそこまで有能ではないことが必要で。
ゆえに、
逆説的に六韜内でも殷の紂王は無能ではなかったという認識がチラチラしており・・・。

文伐篇3 第十節・・・
・・・・・・
これに下(くだ)るに必ず信ありて、
(もっ)てその情を得、
意を承(う)け 事(こと)に応(おう)じ、
(とも)に生(せい)を同じくするが如(ごと)くす。
(すで)に以(もっ)てこれを得(う)れば、
(すなわ)ち微(ひそか)にこれを収(おさ)む。
(とき)(まさ)に至(いた)らんとするに及びて、
天 これを喪(ほろぼ)す若(ごと)し。
・・・・・・
敵国の王の下につく時には必ず信頼獲得を第一とし、
利益面のみならず心情においても信頼を得て、
敵国の王の命令は全て従い、事業にも協力し、
さながら運命共同体のように動き回る。
信頼を得たと思ったら敵国を内部から少しずつ切り崩していく。
ついに時が来たとなった時に、
あたかも天が敵国を滅ぼすかのように自然に崩壊させる。

六韜の舞台設定において殷に戦いを挑む周はあくまでその立場は西伯、
西の土地の管理を殷に許可された存在。
なので、殷周戦争というのは形式上は反逆の物語、
天に管理を委託された王朝をぶっ壊す道理に反する行為。
儒学的な忠義を基準に見るなら殷のほうにこそ正義はあるものの、
その儒学の孔子は文王こそ聖人と認定。
それぐらいうまいこと周は太公望と周公旦が宣伝戦をやりまくり、
勝利後も歴史で片方の面だけを強調しまくったわけで。

大事なことは、
最後の最後・・・もうこれならいけるだろう、
という場面まで敵国にコチラを敵と見られないようにすることで、
間違ってもコチラの忠誠を疑われてはいけない。
第七節にあったように、
何が何でもコチラに注意が向かないように、
買収もすれば利益をちらつかせて他の方向に軍を進めさせる。

その流れの延長上にあるように、
第十節ではとにかく条件が揃うまで、工作が完了するまで、
敵国の王に対してはコチラの王は忠義の臣を演じ続ける。
敵国の王にとり手駒の如く走狗の如く、
それこそ本物の手駒であり走狗として動く。
もはやアイツがいなければ何も出来ないぐらいになるまで働き、
運命共同体の地位までゲットする。

そこまで出来ればひそかに敵国内部を切り崩していける。
信頼を得られていれば、
敵国王の名前を使って敵国王のためという名目でコチラ側に引き込むことが出来る。

そこまで根を広げられれば、
条件が揃った時には、
さながら天の意志がそうさせているかのように急速に敵国を崩壊させることが出来る・・。

六韜の舞台設定の殷周戦争では、
西伯たる周が号令をかけて殷を囲む南伯・北伯・東伯が連携して殷討伐に動くものの、
号令がかかる直前まで殷にとっての味方は西伯だけ。
理由としては殷の紂王が酒池肉林でパーリーにふけってることについて諫言してきた伯のうち二人はその場で処刑し、一人は暗殺しており、
同じ場にいて殺されなかったのは文王となる西伯侯姫昌だけ。
殺さずに帰したという点でまだ殷は他の伯に比べて西伯は多めに見たつもりで、
あんまり敵とも思ってない。
むしろ、西伯の危険性を察知して攻撃をしかけた殷の将軍たちのほうを紂王は見捨てる形で負けさせている・・・。

敵を倒して併呑するにはまず入り込まないといけない、
それは表からも裏からもで、
表から入り込むのが第十節のやり方で。
第一節よりももっと深く入り込むタイプの暴走誘発手法。


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