六韜 二巡目 『 目指すは簒奪併呑』 第21回 「武韜2、発啓篇2、利益の分配と小目的の調整」


六韜の二巡目、始めました。
まずは現在は二つ目の武韜に入っております。

『六韜』二巡目
21回
武韜2 発啓篇2


前回から発啓篇に入っております。
前回は体制打倒のタイミングと、
協力者を作る時の人物鑑定の手法の話があり、
どうやって勢力を強めるか、
みたいな話になり・・・。

天災がないと王朝打倒を宣言しない、
失政がないと打倒工作を始めない、
という辺りは、
何をもって天災とするかについての認定の話がなかっただけに、
なんでもかんでも探せばイチャモン付け放題になるなあ。
なんてお思い、
時の政権の失政については、
工作でそうするように誘導するんだから、
コチラも仕掛けるほうの意志次第だよなあ、
とも思う今日この頃。

・・・ということで今回のお話。
名言らしき言葉の多い六韜、
基本的にそういう名言っぽい言葉が出て来た時に、
半分近くが前後のつながりが「?」となるのが多かったりで。
その原因のほとんどが俺の国語力の低さにあります。
これも全て高校時代の教師のせいとしたいと思います。
まあ自分で勉強しようとしなかった俺が悪いんですがね。
・・・高校の教科書って捨てちゃダメだなあ。

発啓篇2 抜粋1・・・
・・・・・・
全勝は闘(たたか)わず、
大兵(たいへい)は創(きず)つく無(な)し。
・・・・・・
完全なる勝利は直接的な戦いによるものではなく、
真に巨大な兵団は損害を被ることはない。

字面だけで見るなら、
情報工作でもって敵を内部から崩壊させ、
軍事作戦は最後の最後のセレモニーだから直接の損害はほとんどない。
という六韜の前提が言われているだけ・・・。

とはいえ、
いかに人材や民衆を集め、
いかにそれらの離脱者を少なくしながら使うか、
という発啓篇の流れの中にあるのが上の文でもあり、
その意味合いもその流れのほうに寄ることになり・・・。

「全勝」は情報戦のためのスパイをはじめとした人材にかかり、
「大兵」はその強大な兵力の源となる民衆の掌握ということになるようで。

発啓篇2 抜粋2・・・
・・・・・・
人と同病 相(あ)い救い、
同情 相い成(な)し、
同悪(どうお)相い助け、
同好(どうこう)相い趨(おもむ)く。
(ゆえ)
甲兵(こうへい)(な)くして勝ち、
衝機(しょうき*攻城兵器)無くして攻め、
溝塹(こうざん)無くして守る。
・・・・・・
同じ病に苦しむ者同士が助け合い、
同じ心情の者同士が行動を共にし、
憎む対象が同じ者同士が協力し、
好むところが同じ者同士が同じ方向に進む。
だからこそ、
充分な武器がなくても戦いで勝利し、
攻城兵器がなくても攻城が成功し、
溝や土塁がなくても守りきる。

文師篇におけます人材への支払いをちゃんとやれという「仁」
民衆の人心掌握のための生活生業保証の「徳」
そして、
上の文は同篇の「義」にあたるところでもあり、
意識を同じ方向に向ける時に重要な点を説明されているそうで。

共通するところを強調することでもって一体感を作り上げる。
同じ環境で苦しむ者たちを糾合するのみならず、
憎しみや理想まで共通する点を探し出して強調してまとめ上げ、
全てを一つの大目的に向ける。
その大目的とは六韜内の舞台設定では殷王朝と暴君紂王の打倒という文王・武王の目的。

集めた人材や動員する民衆は元からそれぞれ多かれ少なかれ目的を持っている。
トップに忠誠を誓うと宣言する人材ですらその中には一族の繁栄から地位確保、
有力者との縁談、
金といった目的を持っており、
その内心はバラバラで、元から分裂しやすい。
例えそんなバラバラな認識を持っていようとも、
その認識の中から共通できるものを探し目的を共有できるならば糾合も可能。
その人々や人材にとっての大目的に比べればトップの目的は小目的になろうとも、
共通している点だけは協力し合える。

目標さえブレなければ団結が継続され、
呉子の呉起ィさんが呉子外で言われたとされる、
天の時や地の利よりも人の団結が一番強いとして、
負けることはない・・・というロジック。

しかし、
元がバラバラな存在を糾合し続けることはとても難しく、
人材への膨大な支払いを意味する文師篇の「仁」の如く、
各人各勢力が欲するものや最上とする目的が微妙に違う以上は、
その間で調整をしなくてはならずそれは極めて大変。

支払をケチっても人材は離脱し、
自分達の大目的と乖離したとなっても離脱する。
それが人材どころか有力勢力丸ごとなんてことになると全体の行動能力が落ちるし計画が瓦解する。

まとめ上げるほうは目的が達成されるまで持ち出しばかりで損ばかり、
むしろまとめ上げに疲れて味方が敵に見えてくる・・・。
そんな感覚に陥ることへの警告とも言えるのがコチラ。

発啓篇2 抜粋3・・・
・・・・・・
大智(たいち)は智ならず。
大謀(たいぼう)は謀(はか)らず。
大勇(たいゆう)は勇(ゆう)ならず。
大利(たいり)は利せず。
天下を利する者は、天下これを啓(ひら)き、
天下を害する者は、天下これを閉じる。
・・・・・・
大いなる智慧は分かりやすい知恵のようには見えない、
大いなる謀略は小手先の謀略をしかけたりない。
大いなる勇猛さは単純な勇猛さには見えない。
大いなる利益は通常の利益には見えない。
天下に利益を与える者には天下のほうから道を開き、
天下に害を与える者は、天下は道を閉ざす。

見た目や分かりやすいところでは真価は分からない、
というのは老子で「道」の説明がある時に何度となく出てくる言葉でありますが、
言ってしまえば、
王朝打倒という大目的のために動く以上は、
表面に見られることにとらわれてはならない。
ということで、
自分の利益が減っていく、
それは一見すると損だけども、
大目的を達成するためという前提で見るとそれが利益につながるはず

大目的のスケールが違うんだから、
それを目指す以上は見るスケールを変えろ、
ということでもあり、
大きなスケールの中では分かりやすい小手先のものはあまり役に立たず、
一見すると役に立たない、真逆にすら見える存在こそが利益になる。
そこが分かると、
天下全体へと利益をもたらしていることになり天下獲得の道程が開いていく、
逆に、
スケールを小さくしたままに自身の利益ばかりを考えていると天下獲得の道が閉ざされる。

人材に支払い、
民衆の生活を保証し、
さらに集めた人々を一つの目標に向かってバラバラにならないようにまとめ上げ続ける。
そのためにトップは常に自身の利益を減らしていく。
持ち出しはモチロン、新たに得た利益も大部分は協力してくれた人々に分配していかないといけない。

天下というデカイものを手に入れる以上は、
自身の利益を減らしていくこと、利益を与えていくことを恐れてはならない。
そうしないと、
周りの人々は離れていき、
大目的すらも達成できなくなる。

発啓篇2 抜粋4・・・
・・・・・・
天下は一人(いちにん)の天下に非(あら)ず、
(すなわ)ち天下の天下なり。
天下を取るは野獣を逐(お)うが若(ごと)し。
(しか)して天下 皆 肉を分かつの心あり。
(ふね)を同じくして済(わた)るが若(ごと)し。
(わた)れば則(すなわ)ち皆その利を同じくし、
(やぶ)るれば則ちその害を同じくす。
・・・・・・
天下は一人のものではなく、
天下を生きる人々のものである。
天下を取るということはとんでもない野獣を捕まえるようなもので、
肉をみんなで取り分けるということが大事である。
また、
一つの舟で川を渡るのにも似ている。
向こう岸に渡ることが出来れば渡ったという利益を分かち合え、
渡ることが出来ずに沈んでしまえばその害を皆で受ける。

殷から天下を奪う、
ということのために同調して動いてくれる人々、
天下を得たら、
文王・武王もまたその天下の利益を分配しないといけない。

得る過程で与え続け、
得た後も分配し続け、
違いやすいそれぞれの小目的も調整する。
もしも目的の手前で、
利益なんぞやらん!
お前の目的なんぞ知るか!と言い出したら、
不満を持った人間達がサボタージュや裏切りを連発して舟をひっくり返すだろう。

ちなみに割とよくある上に恐ろしいケースが、
ホントに欲しいものが何か言わずに協力し、
それを得られなかった時に裏切りや計画を瓦解させる人物。
「それが欲しいなんて言わなかったじゃないか!」とトップも言いたくなる。
ただし、
そんなことを言った時点で六韜内ではトップ失格。
前回の人物鑑定でも話があったように、
その人物はホントは何が欲しいかということは調べ上げておかないといけなかったわけで。
それをやらずにいたということは、
味方の状態の把握や監視網が機能していないということになり、
敵スパイが浸透している可能性すら出てくるので何重にもマイナスが出てくる。
ホントに欲しいと思っているものを何気なくかつお前のことは分かっているぞという感じで与えるのが、
六韜内の理想のトップ。
マキャベリすらも政略論内の「裏切り」の項目の中で相手が何を欲しているかを常に考え、
その欲するものが簡単に手に入るようにしておかないといけないと言っていたりで。


利益を分配しないと天下を得ることが出来なかったし、
小目的の調整をやらないとその後も維持し続けることは出来ない。

殷の紂王のように、
重臣を殺し財産を奪い、
民衆の生活を苦しめることは、
天下の利益を独占すること。
だから人々の心が離れて天下を失おうとしている。
そうさせたのは文王・武王による情報戦によるものでもあるけども、
そこはモチロン触れない。

その天下を取った後に、
文王・武王なりが同じように利益を独占しようとしたら、
天下を得た後の支払いをケチれば自分を支えてくれる勢力が一気に減り、
やっぱり天下を失うことになる・・・。
舞台設定に忠実にいくなら、
これは支払いを反故にするなよという太公望による文王武王への脅しでもある。

発啓篇2 抜粋5・・・
・・・・・・
(しか)らば則(すなわ)
皆 以(もっ)てこれを啓(ひら)くありて、
以てこれを閉ずる有る無きなり。
・・・・・・
ひとたび人を集めて行動を始めるなら、
利益を分かち合って、
独占してはならない。
それは目的達成への道程を閉ざすことである。

大目的のために人々を集めて、
それでいてまとめ上げながら進む、
それによって目的に向かった道程が「ひらけて」いく、
その過程で必要なことが、
支払や利益の分配、各人の小目的の調整・・・、
たとえトップからすれば損ばかりといえども、
トップがそれをやらないと大目的に向けての道程が「とじて」しまう。

見た感じだと、
ココで語られているのは主に中華王朝の創始者たる「高祖」の苦労。
舞台設定の文王・武王どころか漢の劉邦とダダ被りのお話。
秦王朝打倒から項羽との戦い、
そして漢の運営開始、匈奴との大敗まで、
自分の利益を独占しようとするたびにエライ目に遭う劉邦。
おかげで劉邦が死んだ直後に既に漢王朝はスピード崩壊の危機に・・・。
それがやたらと小説やら漫画のネタになったのが劉邦というキャラで、
・・・そういえば月刊マガジン連載の「龍帥の翼」って今どこまでいってるんだっけ?


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