六韜 二巡目 『 目指すは簒奪併呑』 第16回 「文韜16、挙賢篇、人材離れの一因」


六韜の二巡目、始めました。
まずは最初の文韜の最初から。

『六韜』二巡目
16回
文韜16 挙賢


長くなってしまった上賢篇の次にありますのが、
同じような篇題になっております挙賢篇
やはり人材関連の話。

形式はいつもの通りに、
文王が太公望に尋ねることから始まり、
今回はこういった内容・・・。

「君、賢を挙(あ)ぐるを務(つと)めてその功(こう)を獲(う)る能(あた)わず、世の乱るること愈(いよいよ)(はなはだ)しく、以(もっ)て危亡(きぼう)を致(いた)すは何ぞや」
人材を採用しているのに使ってみると功績が上がらない、
どんどん世の中は悪い方向に進み国の滅亡にまで至ってしまう、
どうしてか?

最初はてっきりですね、
文王が人材のスカウト引き抜きに失敗してうまくいかないと太公望に相談してきた、
というような場面を想像してたんですが?
文王が王様の使う一人称とも違う、統治者を意味する「君」と言ってるあたり、
別の王様のことを聞いてるんだなあと今さら気付きまして、
別の王様となれば基本的に過去の歴代の王様や他国の王を示し・・・。
そもこの舞台設定の時点でまだ西伯侯姫昌は文王と名乗ってなかったことは置いといて・・・。

舞台設定から見れば上の文王の質問は討伐対象である殷王へのあてつけ演出。
殷だってたくさんの人材が常に供給されてるはずなのにどうしてあんなにぐずぐずの態勢なんですか?
ということを遠回しに言ってるわけで。

人材が人材としての能力を発揮せずに離れていってしまう、
それはとても危険な事態だ
そんな事態がどうして発生するのか?
というこの質問、
すでに六韜最初の篇であります文師篇にて、
支払うべきものを支払わないと人材は集まらない、
さらに多くのものを支払わないと人材は能力を発揮しない、
という六韜式の「仁」という答えがあり、

さらに、
ヤバイ人材やそれを放置してのヤバイ状態については、
前回までの上賢篇の六賊や七害で語られていたわけですが、
今回は語り残しというか、
どうして人材を獲得できないのか、
獲得しても能力を発揮できないのか、
という話から人事評価方法の話になります。

とりあえず、
文王の問いのような事態がどうして発生するのかというと、
本物の人材を獲得していないからだ。
というのが太公望の意見。
挙賢篇 抜粋2・・・
・・・・・・
君、世俗(せぞく)の誉(ほ)むる所の者を以(もっ)て賢となし、
世俗の毀(そし)る所の者を以(もって)て不肖(ふしょう)となせば、
(すなわ)ち党(とう)多き者は進み、党 少なき者は退(しりぞ)く。
・・・・・・
もしも王様が、
世間からの評価が高い人間を人材とし、
世間から低い評価の人間をデキソコナイと考えていれば、
徒党を組みその勢力の強い者は多く採用され、
党派として小さかったり党派に入っていないものは採用されない。

舞台設定は殷周戦争の時代ですが、
成立は漢末説があるように、
ココに言われるのは殷周の時代の背景とは違うと考えるべきだそうで。

ココでは幾つか見方があるとされ、
分かりやすいところで豪族や大貴族への批判。
六韜は情報戦の書とも言われ、
舞台設定である殷周戦争内でも多くの宣伝戦が展開されており、
噂をはじめとした評判というものは好きなように作れるという前提に立っているわけで。

世間で評判の人物を人材として採用しようとする時、
その評判の審議を確かめるのは推薦人であり基本的に有力者。
豪族であれば一族の者を次々と評判良き者として太鼓判を押して推薦する。
そうやって、
実力の怪しい人物が人材名目で採用されていく・・・。

次が儒学批判。
世俗、党、と来ると、
自分達が世俗の基準である常識であると言ってはばからぬ勢力で、
やたらと徒党を組む儒学が中世中華の定番でもあり、

論語内の裏読みでは、
最初は豪族ほど力がなくても、
増やした門下生が協力して噂を流すことを匂わせていたように、
まず噂をたててとにかく推薦人に売り込み、
それを繰り返した末に、
推薦人まで儒学の一派で占領できれば全て独占したも同然。

その儒学に対抗する思想である老子においては、
老子式の聖人は世間では理解できないような人物だという記述もあったりで。
世俗の基準である常識を決める儒学、
その常識重視の風潮をを批判する老子、
そういった対立が六韜編纂の時代にも当たり前のようにあったと言われ、
ただ、
老子はホントにいつ成立したのか分からぬところで。

まあその辺の側面意外でも?
抽象的に考えるなら?
六韜がココで警戒しているのは時の大勢力、
徒党を組んで党利党略のために動く存在の危険性を警戒しており・・・
挙賢篇 抜粋3・・・
・・・・・・
群邪(ぐんじゃ)比周(ひしゅう)して賢を蔽(おお)い、
忠臣(ちゅうしん)(つみ)(な)きに死し、
姦臣(かんしん)は虚誉(きょよ)を以(もっ)て爵位(しゃくい)を取る。
(ここ)を以て世の乱れ愈(いよいよ)(はなはだ)し。
(すなわ)ち国(くに) 危亡(きぼう)を免(まぬが)れず。
・・・・・・
邪悪な連中は徒党を組んで人材を孤立させ仕事をさせないようにする。
そうなると真に王様のために動く忠臣は無実の罪をきせられて殺され、
徒党を組んだロクデモナイ臣下たちはロクな実績もないのに王を騙して高い地位を得る。
そうなれば世の中はどんどん混乱していき、
国は危機を回避できずに亡国の憂き目にあうだろう。

既に統治機構の中にいて徒党を組むということは、
当然ながらその勢力もまた王が直接関わったかどうかは別として人材採用を突破した連中でもあり、
六賊で言われた三番目や七害の二番目だったりで、
その党派によって王様の目は覆われることも多い。

党派への対処も必要なら、
党派内の人間も党派外の人間も人材の前提は変わらないのだから、
お互いの潰し合いや排除を未然に防いでそれぞれが王のために能力を発揮するようにしないといけない。
王のために働くつもりのない人間は排除するのみ。
それは人事評価の方法にもつながっていく。

挙賢篇 抜粋4・・・
・・・・・・
将相(しょうしょう)、職を分かち、
(おのおの)官名(かんめい)を以(もっ)て人を挙(あ)げ、
名を按(あん)じ実(じつ)を督(とく)し、
才を選(えら)び能(のう)を考え、
実をしてその名に当たり、
名をしてその実に当たらしむれば、
(すなわ)ち賢を挙(あ)ぐるの道を得るなり。
・・・・・・
宰相と将軍が職務を分け、
それぞれが指定の官位にふさわしいと思う人材を推挙し、
与えた官位に相当の実績をあげることができるかを指導し、
その人物がその官位に向いているか、その職務をこなすことが出来るかをを精査し、
その実績でもってもっとふさわしい官位を与え、
新たに与えた官位でもってこなしてほしい仕事を与える。
これが人材を採用して活用する基本である。

司馬法においても文官のやり方と武官のやり方をそれぞれどちらも相手に持ち込まないという文章がありましたように、
将軍と宰相が職務を分ける、
という点については、
文官・武官では全く違う基準を持ってくる、
ということを示しており、
抽象的に考えますと、
分野ごとに人材の判定基準が違うんだ、
ということを暗に示しているとされ。

まずは官位を与えてみて、
そこからどれぐらいの働きをするかをよく観察する。
コチラはまずやらせてみるという六守篇の原則にのっとってるとされ、
その実績でもってもっとふさわしい官位を与えて、
新たな官位に期待される働きを見せてもらう。

飛びぬけて向いているかの「才」と、
できるかどうかの「能」という、
二つを基準として明確にしようというのは、
専門部署に持っていくには重要な点でもあり、
ことに飛びぬけた実績を期待する時には「才」の見極めが重要になったりで。

この辺りの観察をよくやっていれば、
徒党を組んで妨害をしに来る存在も監視できるし、
全員が全員その対象とすることが出来れば、
そういった無駄な潰し合いも理論上はなくなり、
党利党略のために動く連中は排除しやすくなる。

結局のところそういった人事評価は将軍と宰相だけにつとまるわけもなく、
やはり大礼篇の王の目・耳・心といった情報機関も必要なら、
将軍や宰相もそれぞれそれなりの情報収集のためのスタッフが必要ということにもなり、
こういうところにマッキンダー卿が中国的現象なんて言った巨大複雑な官僚組織が出来上がる要因にもなり・・・。


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