六韜 二巡目 『 目指すは簒奪併呑』 第14回 「文韜14、上賢篇3、七害2、トップが見過ごしてはいけないこと」


六韜の二巡目、始めました。
まずは最初の文韜の最初から。

『六韜』二巡目
14回
文韜14 上賢篇3


今回は前回からの続き、
上賢篇は七害の残りとなります。
人材の性質が分かったとして、
利用価値が一面に残っているなら排除してしまうには少しもったいない。
しかし、
もったいないからと言ってほっといたり、
使ってはいけないところまで使ってしまったら、
王自身への損害どころか国をも崩しかねない。
それは人材の話だけではない。

むしろほっとくことすらも害があることがある。
害は見逃さない、
守土篇2のように傷は小さいうちにぬう。
そんな七害の後半。

上賢篇2 抜粋 七害4・・・
・・・・・・
その冠帯(かんたい)を奇(き)にし、
その衣服を偉(い)にし、
博文(はくぶん)弁辞(べんじ)
虚論(きょろん)高議(こうぎ)して以(もっ)て容美(ようび)を為し、
窮居(きゅうきょ)静処(せいしょ)して時俗(じぞく)を誹(そし)るは。
これ姦人(かんじん)なり。
王は謹(つつし)んで寵(ちょう)する勿(なか)れ。
・・・・・・
目立つ格好をして、
膨大な知識を自慢し、
中身のない議論を繰り返してさも良さげなことをしているとつくろい、
粗末な家に引きこもり人とあまり接することなく俗世間のことを批判している、
それはロクデモナい奴である。
王様は絶対にそういう奴に目をかけてはいけない。

注目される方法も、
自分の能力が高いと思わせる手法にも長けている、
それでいて世間とは迎合せずに批判ばかりを強める。

こういう人達を経世家とか警世家とか言われたりすることが江戸時代後期の日本ではあって、
何かと批判する能力や学識はあるものの、
実際に何かをするという段になるとそちらの構想力や度胸や決断力はない・・・。

批判の能力はあっても、
実行力や構想力はないから、
現場はもとより実務や助言のためのブレインにもならない、
究極の決断者でもある王様の近くに置いておいても利益はないし、
振り回されれば害があるだけ。

でも、
批判がうまいとどうしても期待値は上がるから、
これがまた存在を無視すると厄介な存在でもあり・・・。

上賢篇2 抜粋 七害5・・・
・・・・・・
讒佞(ざんねい)にして荀(いやし)くも得んとし、
(もっ)て官爵(かんしゃく)を求め、
果敢(かかん)にして死を軽んじ、
以て禄秩(ろくちつ)を貪(むさぼ)り、
大事を図(はか)らず、
利を貪(むさぼ)りて動き、
高談(こうだん)虚論(きょろん)を以て人主(じんしゅ)を説(と)くは、
王は謹(つつし)んで使う勿(なか)れ。
・・・・・・
他人の悪口や目上の人間へのおべっかを駆使して役職や地位を求め、
そのためには死も恐れず、
報酬をただただ無駄なことに使い、
国の一大事には見向きもせず、
ただただ私益のことだけを考え、
中身のないでたらめな話を王様に進言する。
王様はこういう奴を絶対に公的なことに使ってはいけない。

他人の悪口を吹聴し、
目上へのオベッカもうまく、
出世のためなら手段を選ばず命も捨てる覚悟で動き、
ただただ私益という短期的利益ばかりを見ている、
あくまで自分のためだけに動いているから、
国のことなんてどうでもいい。
そのくせ王様には良さげなことを言いまくる・・・、
それも全ては自分の利益のため。

あくまで王や皇帝を頂点とした古代から中世にかけての独裁国家を前提にしている以上、
人材たる臣下には多少周り道をしようが王様のために働くようにするのが大前提。
私益ばかり考える臣下は害になる。
しかし、
出世する人間=有能な人間、
という認識になり、
王政である以上は有能な人間ほど王の忠誠を口にするのだから、
王様としてはどうしても信頼してしまい、
どんどん出世するほどにより大きなことを任せていく・・・。
そして権限が大きくなるほどに私益を確保するチャンスは増えていく・・・。
そう言った人間は、
勝手に王権を借りて私腹を肥やしだして、
王の信頼を失墜させていく・・・。

上賢篇2 抜粋 七害6・・・
・・・・・・
彫文刻鏤(ちょうぶんこくろう)、技巧華飾(ぎこうかしょく)を為(な)して農事を傷(やぶ)るは、
王は必ず禁ぜよ。
・・・・・・
見栄えの素晴らしいきらびやかな細工をこそ最高と考えて農業をはじめとした生産活動に支障を出すことがあれば、
王様は絶対に禁じなくてはならない。

見事な細工が農業を害する・・・。
何の話をしているかと言えば、
金が儲かる方向に人民の力は流れやすいということと、
その儲かりやすいことが必ずしも国を支える重要な要素ではない、
という考えがあるところで。

高い値が付く、
というか金持ちが欲しがりそうなものが、
そういった細工で。
それを作れるようになったら金持ちになりやすい・・・。
利益が残りにくく不作の年があったら餓死するのが普通な農民に比べれば、
都市部で生活できて何かっちゃあ権力者に近いから便宜を払ってもらえる贅沢品専門の職人になったほうがよさげで。

これは儒学についても同じことが言えて、
韓非子では儒学をやって役人になるほうが簡単確実に贅沢な生活を送れるからと、
農家の多くが子供に儒学ばかりをやらせて農業が衰退したという極端な例が批判されていたりで。

そして、
こういった事態が出来る理由は金を持った連中が細工を好むからで、
金を持った連中でしかも最終的に手元に細工を置きたがるのは、
大商人、大貴族、王族、そして王様。
韓非子においては、
殷の紂王がちょっと贅沢な箸を職人に命じて作らせたら側近が王様に「アンタもう終わり、その箸に合うものをという理由で次々と贅沢品を欲しがるようになるから」という逸話が紹介されていたり。

七害の6は王様も含む、
国の上層民が生産構造をむしばむ方向に嗜好を持っていくな、
という話でもあり・・・。

上賢篇2 抜粋 七害7・・・
・・・・・・
偽方異技(ぎほういぎ)、巫蟲左道(ふこさどう)、不祥(ふしょう)の言(げん)
良民(りょうみん)を幻惑(げんわく)するは、
王は必ず止めよ。
・・・・・・
インチキ魔術に勝手な儀式、呪術邪教、不吉な予言、
良民に不安を与えるようなことは、
王は絶対に拡大阻止しなくてはならない。

古代からそれこそ20世紀まで、
歴代王朝ほぼ全てで呪いや占いが刑罰対象となっていた大陸中華。
呪いの効能がどうのという話は置いといて、
ココで最も警戒されているのは民衆が扇動されること。

六韜の成立年代について漢末説がありますが、
もしも後漢末の節をとれば、
三国志の始まり、
宗教結社「太平道」によって引き起こされた黄巾賊の乱がモロに展開されているかされそうになっている頃で。
不作・疫病・蝗害という三点セットが起こると、
農民を中心に宗教結社が力を持ち始めるのが中華に限らず大陸の定番。

後漢末には黄巾賊の「太平道」意外にも五斗米道のように独自の国家を持ってる存在も出現したりで、
王朝が衰退を始めた時に蟻の一穴となるのが過激な傾向を持つカルト宗教というのが大陸中華。
ことに漢王朝については後漢のはるか以前に、
前漢を一度終わらせたのが神秘的な噂の拡散を駆使して民衆を扇動した王莽ということもあるから、
もしも六韜が漢末成立だとするとこの警告は経験込みでとても真剣なものになり・・・。

上賢篇、
次回も続きます。


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