六韜 二巡目 『 目指すは簒奪併呑』 第13回 「文韜13、上賢篇2、七害1、トップは見かけに騙されない」


六韜の二巡目、始めました。
まずは最初の文韜の最初から。

『六韜』二巡目
13回
文韜13 上賢篇2


人材登用と人事について語られている上賢篇。
前回はそういう奴をほっといたらロクなことにならない、
というロクデモナイ奴らの特徴を六つ紹介した六賊の話がありました。
今回は同篇の続きたる「七害」となります。

六賊登用した後で発覚した悪い点をそういった連中を排除する基準と見れたのが、
七害の場合は、
ロクデモナイ奴がいると分かった時に、
どういうことを王様がやってはいけないか、
という、
王様の行動への注意事項の話となっております。

六守篇でもあったように、
実際に使ってみないとその人材の内実は分からない、
という前提に立っている六韜。
前回のヤバイ奴6パターンの「六賊」も、
ヤバい要素が判明するのは実際に使ってみてその行動を観察監視していたから。

採用してヤバイ奴か、
あるいはある面で問題があると分かった場合、
難しいのは後者の場合で、
徹頭徹尾ヤバイ奴なら王権でもって何の躊躇もなく排除できるものの、
悪い点はあるけども良い点もあってまだ使いようがある時がある。
そしてまだ使いようがあるから、
というところでそのまんま使い続けた末に最後の最後で不利益が王に及ぶことがある。
王様はそれを絶対に回避すべし。
そういう話が七害となります。

上賢篇2 抜粋 七害1・・・
・・・・・・
智略権謀(ちりゃくけんぼう) 無くして、
これに重賞(じゅうしょう)尊爵(そんしゃく)す。
(ゆえ)に強勇(きょうゆう)にして戦いを軽(かろ)んじ、
外に僥倖(ぎょうこう)す。
王は謹(つつし)んで将(しょう)たらしむる勿(なか)れ。
・・・・・・
智略も使えず謀略も仕掛けられない、
それでも沢山の褒賞と高い地位を持っている。
ただただ勇敢さだけを前面に出して戦争を甘く見、
万が一の幸運が訪れることにかけている。
王様は絶対にこういう奴を将軍にしてはいけない。

智略が出来ずに水面下の謀略戦も出来ない。
それでも膨大な褒賞と高い地位を得られる。
そういう存在の代表例は中華史や世界戦史ではド定番が二種類ありまして、
それが王侯貴族か、
軍役でもって死線をくぐり続けて生き残って成り上がった人物
というなんとも極端な二つ。

つまりこれは戦場での話、
それも戦場は戦場でものすごい偏った側面だけが強調される場面。
生き残ったり目立ったことをやったことでそこに大きな期待と信頼が生まれ、
自然と褒賞と地位が上がっていく。

戦場というのは蛮勇があればなんとかなる場ではない、
ということは孫子先生やマキャベリも注意しているところで、
ことに人事面、特に階級を上げるという段階で戦場での功績だけを考慮することに批判的だったのがクラウゼヴィッツ校長で、
戦争論の中では階級が上がるごとに広い視野を持てるようにしなくてはならずそこには教育と教養と独自の才が必要とされ・・・。

大陸中華の歴代王朝にあっても、
一兵卒から大将軍へという成功例はかなりあるものの、
出世の途中で勉学に励んだり、
軍師の意見に耳を傾けることにしましたという経験や、
副官に知恵者を持ってくる、
という逸話が必ず挟まれていたりで。
将軍の出世話が多い三国志では、
呉の呂蒙が猛将から勉学の末に関羽殺害の一助になるレベルの知将に変貌しました、
という話もあり、
そういやその三国志も曹操死後は軍師バトルになってたなあ・・・。

上賢篇2 抜粋 七害2・・・
・・・・・・
(な) 有りて 実(じつ) 無く、
出入(しゅつにゅう)(げん)を異(こと)にし、
善を掩(おお)い悪を揚(あ)げ、
進退(しんたい)(こう)を為す、
王は謹(つつし)んで与(とも)に謀(はか)ること勿(なか)れ。
・・・・・・
有名ではあるが実力が伴わず、
しょっちゅう発言内容を変え、
本当に善いものを攻撃し本当に悪いものをこそ持ち上げ、
事が起きた時の逃げ足が速い。
王様は絶対にこういう奴と重要な謀略を話し合ってはいけない。

見た目がよくて、中身がなくて、八方美人、逃げ足が早い、サワヤカイケメンオトコマエ・・・
そういう人間は周りの期待値がやたらと高い反面、
何か責任の生じることをやらせてみると、
それまで評価を高くしていた発言が内容そのままに評価が反転してしまったりということがあり、
良さげな言葉を言いながらちゃっかり自分に利益を運んでくる存在の肩を持ってたり。

この?いつの時代の政治の場にもいそうな存在。
日本の政治でも期待値の高かった政治家ほど注目の集まるポストに就いたらガララララ・・・
ということは枚挙にいとまなく・・・。

そういった人間を重要な謀略に参加させてはいけないのは、
すぐ逃げるからということもあれば、
さっさと保身のために機密を漏らす可能性があるということで。
別の見方をすれば、
周りの注目を日頃から集める存在は、
その人間に注ぐ目線の数が段違いだから、
謀略を気付かれるリスクが自然と高まるということでもあり・・・。

日本では「人よせパンダ」の言葉もあるように、
こういう期待値の高い人間は利用できるところがないでもない上に、
下手に排除すると周りの期待地が暴走して祭り上げられることもあるので、
王様としては扱いが難しい・・・。

上賢篇2 抜粋 七害3・・・
・・・・・・
その身躬(しんきゅう)を朴(ぼく)にし、
その衣服を悪(あ)しくし、
無為(むい)を語りて以(もっ)て名を求め、
無欲を言いて以て利を求むるは、
これ偽人(ぎじん)なり。
王は謹(つつし)んで近づくる勿(なか)れ。
・・・・・・
質素な生活で自分の体を細くし、
衣服はボロボロ、
ことさらな手法に寄ることを批判しながら名声を高めようとし、
欲がないことを主張しながら利益を求める、
そういう奴は偽物である。
王様は絶対にこういう奴を身辺に近づけてはいけない。

能力はあるけども自分から売り込みにいかずに隠遁して自分を磨いており、
ひとたびスカウトされれば能力をフル発揮して国家を一気に伸ばす。
そういった存在として大陸中華では「在野の士」という言葉が普通に使われていたりで、
そのイメージはいつ頃作られたか分からぬものの、
勉学と自分磨きに専念しておりますということで粗衣粗食で無欲。

農工にあくせくとせずにそういったことをやってる人間は村社会でも目につきやすいということで、
古代から中世中期、
それこそ科挙や官吏採用制度が確立するまでは割と頻繁にスカウトされたりで、
ただ、
いざスカウトして役職を与えてみると、
自分の名声や利益ばかりを追求し始める・・・。

これは六守篇での、
利益や地位を与えてみてどういう動きをするかな?
ということについて思い切り不合格になってしまった場合で。
在野の折には金がなかったり一族から見捨てられて粗衣粗食になっていたのが、
いざ金と小さいながらも権力を得たら自身も一族も変貌してしまった、
ということもあったりで。
これも期待値だけで全てを判断しないという六韜の前提で。

七害の残りは次回にしたいと思います。


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