六韜 二巡目 『 目指すは簒奪併呑』 第12回 「文韜12、上賢篇1、六賊、ロクでもない奴とは」


六韜の二巡目、始めました。
まずは最初の文韜の最初から。

『六韜』二巡目
12回
文韜12 上賢篇1


殷打倒を目指す周の文王からの質問に太公望が答える、
という形式を取る六韜。
今回から入ります上賢篇では、
人材の登用から出世厚遇、そして排除解雇について、
どこを評価して、
どこを危険視して、
何をしないように人材に言うべきかについて文王は太公望に質問するところから始まります。

太公望はまず文王からの質問にザックリと答える・・・。
上賢篇1 抜粋 ・・・
太公(たいこう)(いわ)く、
「賢を上(じょう)とし不肖(ふしょう)を下(げ)とし、
 誠心(せいしん)を取り、
 詐欺(さぎ)を去り、
 暴乱(ぼうらん)を禁じ、
 奢侈(しゃし)を止(や)む。
・・・・・・
賢者を良いものとしそうではないものは良くないものとし、
誠実を評価し、
騙したりすることは排除し、
暴力に訴えることは禁止し、
贅沢をやめさせる。

統治論から情報戦までを語る文韜。
最初の篇である文師篇から人材獲得と民衆把握の大事さが強調されてきたわけで、
この上賢篇ではその人材や人材とは認定しない存在、
それどころか有害な存在について幾つもの要素を説明され、
太公望は王にとって有害な人間達について、
六賊(りくぞく)七害という特徴を列挙。

今回は六賊だけ。

上賢篇1 抜粋 六賊1・・・
・・・・・・
(しん)
大いに宮室池榭(きゅうしつちしゃ)を作り、
遊観倡楽(ゆうかんしょうらく)する者あらば王の徳を傷(そこな)う。
・・・・・・
臣下の中で、
豪勢な邸宅をこさえて、
毎日贅沢な集いをやっているのがいたら、
ソイツは王様の徳に傷をつけている。

臣下の過度な贅沢が王様の徳を傷つける。
ココに言われる「徳」というと、
文師篇で言われた「徳」・・・民衆から不安を取り除き生活を保証する王様の実力、
という意味合いで、
国務篇におきましては民衆の生活を保証するために王様は大宮殿を作らない、
ということも語られており。

ちなみに?
豪勢な邸宅と贅沢なパーリーについては、
地位が上がって収入が高まればそれなりの邸宅と使用人を使わざるを得なくなるのが古代中世の定番なので、
それなりにというのは避けられないわけで。
どこまで許されるのかと言われると、
当ブログでは唐突な前出でもあったのでカットいたしましたが、
実は六守篇の三宝の段でそれについての基準、
「臣は君よりも富む無かれ」という文がありました。
もしも豪勢な邸宅を建てたりドハデなパーリーをやろうというのなら、
王様よりも贅沢なもんを作ったり騒いだりしてはならない。
それについては、
儒学の論語では宴会や儀式に使う舞の規模で王様にだけ許される規模の舞踊があるということになっていたりで。
論語のその部分は・・・当ブログでやったかな?
さらに言えば、
儒学の基準を持ち込むなら?
爵位やらなにやらで、
自分より一つでも上の爵位の贅沢を超えてはいけないとなり・・・。

じゃあ王様がどこまでも贅沢を拡大させていくならば、
臣下もどこまでも贅沢が出来ることになるかと言えば、
そもそもからして六韜における王様の徳というのは民衆の生活を保証することで、
それは国務篇にあるように民衆から重税で奪わないということで。
王様が贅沢をすれば重税へとつながり民衆の生活は害され王の徳は失われてしまう。
なので、
王様は贅沢を許されず、
そうなると臣下も贅沢を許されない。
このあたりが公共事業や財政支出や国債や管理通貨制度のないクレジット概念のない古代と中世の限界で。

上賢篇1 抜粋 六賊2・・・
・・・・・・
(たみ)
農桑(のうそう)を事とせず、
気を任せて遊侠(ゆうきょう)し、
法禁(ほうきん)を犯歴(はんれき)し、
(り)の教えに従わざる者あれば、
王の化(か)を傷(そこな)う。
・・・・・・
民衆の中で、
生産を大事なことと思わず、
気勢をあげてヤクザのように粗暴な行いを繰り返し、
法を幾つも破り、
役人の言うことなぞ従いもしない。
そういう奴は、
王様を畏敬すべしとする教育に傷をつけます。

いったいどんな連中かと言われれば、
最近あまり当ブログでも名前を挙げていない漫画、
古代中華戦国時代末期の秦による天下統一への抵抗を描いた「達人伝」に大量に出て来ます「侠」と言われる存在で。
同じ作者で曹操視点で三国志を描いた「蒼天航路」でも劉備・関羽・張飛は「侠」の類として描かれております。
究極はやはり大陸中華では宋代を舞台にした奇書「水滸伝」の梁山泊。

中華武侠作品では、
悪徳役人を痛めつけてたまに皇帝や王様のために動くというのが多いわけですが、
王の統治からするととてもよくない存在で。
直接的な理由としては「侠」の多くは盗賊だから。
税の源となる作物を農民から取り上げたり、
王様の命令を執行する役人の権威を落としたり、
あるいはレアケースとはいえ悪徳役人よりも侠のほうに民衆の人気が移ると王様による官僚や役人への監視能力を疑われてしまう。

どちらにしろ、
王様は偉いんだという、
王朝で一番大事な民衆の認識を失わせてしまう・・・。

上賢篇1 抜粋 六賊3・・・
・・・・・・
臣、
朋党(ほうとう)を結び賢智(けんち)を蔽(おお)い、
(しゅ)の明(めい)を障(ふさ)ぐ者あれば、
王の権を傷(そこな)う。
・・・・・・
臣下の中で、
仲の良い者同士や利害関係で徒党を組み、
賢者を王から遠ざけ、
王様に情報が上がらないようにする連中があれば、
王様の権限に傷をつける。

臣下による徒党。
大変分かりやすく言うなら、
派閥。
派閥というのは利益を共有することで拡大できるのだから、
派閥にひとたび入れば必然的に自派閥の利益をこそ最優先にし、
王様や国や民のことなんぞ二の次三の次。
そして、
宮廷や官僚機構においては、
自派閥の利益を拡大させる最大の方法は、
王様の権限を利用すること。

勝手に王命を利用して、
自派閥の利益を拡大しつつ、
王様には民衆はみんな幸せですということだけを伝える・・・。

宦官や外戚や王族と同じく、
人材で構成される臣下ですらそういったことをやり始めれば王様の敵となり賊となる・・・。
この辺りはやはり韓非子の影響もあるんでないかという内容が多いです。

上賢篇1 抜粋 六賊4・・・
・・・・・・
(し)
(こころざし)を抗(あ)げ 節(せつ)を高くし 以(もっ)て気勢(きせい)を為(な)し、
(そと)
諸侯(しょこう)に交(まじ)わり、
その主(しゅ)を重んぜざる者あれば、
王の威(い)を傷(そこな)う。
・・・・・・
貴族や能力のある者の中で、
自身の主張を声高にかかげ、自分が正しいと強く主張し、気勢をあげ、
他国や国外の有力者としきりに交流し、
自国の王様への敬意を持たない者は、
王様の権威に傷をつける。

「士(し)」と言いますと、
貴族の一派という意味合いと、
読み書きが出来て高い教育を受けた在野の士という意味合いがあり、
一応はどちらでもとれる文でありますので両方で取りました。

上の文はどういう人間達のことを言ってるかと言えば、
古代中華は春秋時代から戦国時代の定番、
生国を出て出世目指して自分が学んだ思想を起点として他国に採用されてゆくゆくは宰相に・・・という人々で。
当ブログでも何度かネタにしました初代孫子先生の孫武や呉子の呉起ィさんや尉繚子の尉繚氏はその典型で。

そういった人間達を採用して強国となった国もあるのに、
それを警戒しているのはなぜかと言えば、
そういう連中は生国が各地に派遣したスパイである可能性もあれば、
諸国遍歴をする過程でどこかの国のスパイとなっている可能性が高かったりで。
古代中華戦国時代にあっては、
秦を抑える同盟構想である「合従」を主導した蘇秦や、
秦との直接同盟で生存を目指す連衡を主張した張儀なんかも、
表立っては秦以外の国々の味方のふりをしながらその実、秦一国の力が抜きんでる期間を用意した存在でもあり。

有能だけども採用されないなら殺してしまえという暗黙の了解がある中で、
諸国遍歴が出来る時点で既に相当怪しいということでもあり、
そういう遍歴の末に独自のネットワークを持った存在は信用できない。
ことに呉起ィさんはその最後がまたひどいもんになっていて・・・。

上賢篇1 抜粋 六賊5・・・
・・・・・・
(しん)
爵位(しゃくい)を軽(かろ)んじ、
有司(ゆうし)を賤(いや)しみ、
(かみ)の為(ため)に難(なん)を犯(おか)すことを羞(は)ずる者あれば、
功臣(こうしん)の労(ろう)を傷(やぶ)る。
・・・・・・
臣下の中で、
爵位による身分秩序を大事にせず、
現場で働く官僚や役人を見下し、
王様のために命をかけることをバカにするものがいたら、
周囲のモチベーションを下げる。

「爵位」というのは、
その国ではかなり上のほうである貴族を意味するぐらいの身分で。
それが古代中世にあっては国内の人民を統治する大枠であり、
爵位を与えることを決定する王の権威の象徴でもある。

そういった封建社会での大事な身分において、
それを軽んじるというのは、
爵位を欲しがらないというわけではなく、
一切敬意を払わないということで。

臣というのは六韜内においては王様により能力を認められて採用された存在。
そういう人間が王政を支える身分制度をバカにする、
それは、
功績をあげて身分を与えられる土地や報酬を増やされることをモチベとする臣下からモチベを奪うことにもなる。

出世できたらそれなりにイイコトがないといけないのに、
それをバカにしては全体のモチベを下げてしまう。
そうなると能率はグングン下がる。

文師篇の仁において、
王様だって一生懸命功績に報いるために支払う分を用意することになっており、
ことに六韜においては国を切り分けるレベルでの決断を強いられるのに、
その最終的な結果になる身分秩序をバカにすることは王様の行為をバカにすることでもある。

上賢篇1 抜粋 六賊6・・・
・・・・・・
強宗侵奪(きょうそうしんだつ)し、
貧弱(ひんじゃく)を凌侮(りょうぶ)するは、
庶人(しょじん)の業(ぎょう)を傷(そこな)う。
・・・・・・
自分の力の強さをかさに着て奪い取り、
貧しかったり目下の者を痛め付けることは、
民衆の生業を妨害することである。

この六賊のラスト。
「誰が」という特定がなされておりませんが、
理由としては誰もが当てはまる可能性があるからということで。

自分の権力や実力でもって弱い奴から奪いまくる。
それは、
同じ六賊の中でも、
「侠」もやることができれば
徒党を組んだ臣下の派閥連中でも可能で、
徴税権を有する役人にも可能、
それこそ?その究極には王様も入るわけで。

その内情がどうあれ正式な徴税であっても民から奪うことになのに、
そこに色んな連中の思惑が入り込んで奪う量がどんどん増えていけば、
生産に携わる人々の手元に何も残らないなんて事態も起きる。
そうなれば生産に励む意欲も奪い去られ、
最悪の場合は土地や生業を捨てて流民となる人々が出てくるわけで。
それが王朝末期の戦乱を引き起こす要因になるのも大陸中華史の特徴で。

そうなると六守篇での王最大の三宝、農(生産)・工(製造)・商(流通)の損害でもあり、
王様自身が絶対に許すわけにはいかないことをやらかしているわけで。
その王様最高の宝を王様自身がぶっ壊すことだってあり、
王様自身が賊になることもある。
そして、
王位を狙う存在がいるとしたら王様そのものをその賊にするよう工作する。
六韜の舞台設定であります殷周戦争にありましては、
殷の最後の王たる紂王が見事に賊になっている・・・。

ということで、
次回は続きの七害のほうになります。


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